DCG好きすぎてつらたんです!

カードゲーム他色々書きます! うおー!

ウォーブレストーリー2次創作

  流れ出る鮮血を確かに見ていた。

  命の消える瞬間は鮮明に。

  叶わない夢は後悔に引き裂かれ。

  戻ることのない日々は慟哭と消えた。

 

 

 

 

φφφ

 

 

 

 

  例えばちょっとした気まぐれで。

  例えばほんのちょっとの修正で。

  例えば小さな小さな不幸で。

  そう、僅かに、歯車は、狂い出す。

  そのズレはとても小さなものだけど、けれど確かに、間違いなく、ある意味必然で。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ーーーーーーーぁ

 

  ×××目の前で、××が崩れ落ちるように膝から崩れる。  ずるり、と、彼の血で滴る刃が、なにより雄弁に、彼が刺し貫かれたのだという事実を語っていた。

  

  そして、どちゃり、と、それなりの重量を持った何かが泥沼の上に落ちたような音がして、同時。生暖かい液体のような何かが×××の顔に降り注いだ。

  わからない、いや、理解したくない。

  ×××はそのまま、一歩も動くことができずに立ち尽くすしかなかった。ただ呆然と、白痴のように、目の前の、なにが、理解、できずに。

 

  ××が、  ××××に、どうして××が××××××は×××××××もう××××××××××××××なんて××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 

「あ、ああああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  

 

 

  彼女の記憶は、そこでおしまい。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

●起の節  『つみ』

 

 

 

 

 

  超軍事国家『ウラシオン』。今や世界最高峰の海軍飛行艇団部隊と陸軍暗黒騎士部隊を擁するこの大国は、たかだか十数年前までは世界の流れに取り残され、滅びを待つのみだった弱小国であった。

  上層部は腐敗し、不正が蔓延り、そのしわ寄せは全て無辜の民へと降り注ぐ。

  裁かれるべき悪が甘い蜜を吸い、善良なる民草は断頭台へ送られる。まさに地獄絵図、負の循環。ギリギリで国としての体裁を保てていたが、いつ瓦解してもおかしくない綱渡りの国家、それがかつてのウラシオンであったのだ。

  であるならばなぜ、超軍事国家と呼ばれるまでになったのか。

 ーー 曰く、生ける伝説。

  過去の経歴その一切が不明ながら、その身一つで皇帝まで上り詰めた男がいた。

  上に媚を売ったのか?  否、彼は誰よりも清廉潔白である。高貴な身であったのか?    否、先も述べたが彼の素性は誰も知らない。

  ただひたすらに、積み重ねた武勲と民草の支持で成り上がり、そして、腐敗した国家の癌である上層部を端から全て粛清し、彼は『皇帝』の立場を得た。

  あるいはそれは強引なやり口とも取れるのかもしれない、だが、ウラシオンの民はその誰もが信じていた。

  この方ならば、と。

  『英雄』ビッグブラザーならばこの国を変えてくれると信じていた。いかなる窮地、いかなる絶望にあってもこの男は屈しない。その上で彼の行動はただひたすらにウラシオンの民のため、ウラシオンという国家のための奉仕なのだ。彼がウラシオンのために滅私奉公するその姿をみて、何も思わぬ民草でもない。ビッグブラザーの国への忠誠とは対照に、彼らはみな心から偉大なる皇帝に忠誠を誓う。

  このとき、ウラシオンの闇の時代は終わりを告げる。約束された繁栄が、この国家を再建した。

 

 

 

 

  元陸軍暗黒騎士部隊第一騎士団団長、シンもまた、数多のウラシオン軍部の人々や民草と同じように、偉大なるビッグブラザーに忠誠を誓っていた。

  もとより、崩壊しかけた国家を再建した手腕、自らを厭わず国家のためだけに全てをさざげるその姿勢に感銘を受けて、彼の力になれたらと陸軍を志したのだ。

  けれど、そうして陸軍のトップにまで上り詰めて、彼はようやく一つの事実に気づく。

  確かに、ビッグブラザーは『英雄』だ。この国の誰もが彼を尊敬し、絶対の信頼を寄せている。だが、それは国内からの評価であるだけなのだ。

  そう、対外的に見れば、ウラシオンは傲慢すぎた。

  世界の守護者を自称し、「人民を襲う獣や魔物を討伐するため」という名目で際限なく軍備を拡張、その横暴は国外から見ればあまりにもわかりやすい脅威。事実、ウラシオンの度重なる侵略行為は近隣諸国に多大な被害を与えていた。

  それが、全てはウラシオンのためだということはわかっている。ビッグブラザーに野心などない、ただウラシオンのため、彼はそういう人間だ。だからこそ、侵略行為に後ろめたさを感じてなお、彼は自らの職務に準じてきた。

  だが、

 

「ん……すぅ………ヒヨも……戦うよ」

 

「むにゃ……ヒヨさまを……お守りします」

 

  眼前ですやすやと眠る二人の子供たちを眺めながら、シンは自らの決断が間違いではないのだと、自分に言い聞かせる。

  そう。シンはもはやウラシオンの人間ではない。それどころか、彼はビッグブラザーの命に背いた反逆者だ。確かにビッグブラザーに忠誠を誓った、そこに偽りはなかった。

  だが、それでも、あの指令だけは。

 

  龍神族の村・村民を掃討せよ。

 

  この指令は、あまりに残虐すぎた。

  なぜならば、龍神族はなにもしていない。敵対国家でもない。彼らはただ、日々を穏やかに、誰にも迷惑をかけず、過ごしているだけなのだ。

  それを、残らず虐殺せよ、などと、どのような大義があれば許される。どのような正義が、そこにある。

  だが、おそろしいことに、ウラシオンにとってはビッグブラザーが命じたならばそこに大義があり、正義があるのだ。

  たとえそれがどのようなことであれ、ウラシオンが、国家全体が正しいと信じているのであれば、それは正義となってしまう。

  ゆえに罪なき人々へのいわれなき暴力でさえ、正義であると信じる彼らは実行できる。そこに微塵の罪の意識もない。大義がこちらにあると、ビッグブラザーこそが正義と信じているのだからそうだろう。

 

「しかし、罪なき人を傷つけることは許されない……」

 

  だが、幸か不幸か。シンはその中にあってもまだ、自らの正しさを失っていなかった。

  ビッグブラザーはすべからく正しい。

  ウラシオンの民のほとんどがそう信じる中で、彼は自分の『信念』を見失わなかった。

  ゆえに、彼はその『信念』に背かず、龍神族の少女ヒヨと少年トッドを助けた。

  助けて、しまった。

  それはすなわち、国家への背信行為。世界最大の軍事国家への、だ。

  いや、それ自体に後悔はない。ないのだがーーーー

 

「なぁーんか、辛気臭い顔だねぇ、シン」

 

「スティンキー……」

 

  顔を上げると、右目を眼帯で隠した女性が姿を見せる。彼女はスティンキー、盗賊の頭であったが、今のシン達に味方してくれている数少ない人間の一人だ。

  シンたちが今いるこの場所も、彼女率いる盗賊団の隠れ家のひとつである。

 

「ひゅー、愛されてるねえ。悩みのタネはそういうわけかい」

 

  相変わらず、悲壮という言葉とは無縁な調子でスティンキーは声をかける。対してシンは、椅子に腰をかけたまま、視線をおとし、ほとんど幽鬼のような表情を浮かべている。

 

「なんの用だ」

 

「いやさ、ちょいとチビたちの様子を見ておこうかと思ってね。しかし随分よく寝てる。よほど疲れたんだろうね。もうしばらく寝かせとくか」

 

「なんだ、それだけか。思ったより暇なんだな」

 

「ずっとここにいるあんたに言われたかないね、役立たず」

 

  うっ、と。少しだけ苦しそうにシンは呻いた。確かにシンは戦闘では敵なしの強さだったが、逃走の手引きそのものは、ほとんどスティンキーの盗賊団によるものだ。今も彼女の部下たちは帝国の動きを探ったりと動いているのだろう。

  そういう意味でいえば、確かに、シンはこの場では役立たずであった。

 

「……まぁいい、ところで一つあんたに聞きたい」

 

  本当にに聞きたい半分、話をそらしたい半分で、シン問いかけた。

 

「いいよ。なんでも聞きな」

 

「じゃあ、ありがたく。……なぜ、俺たちに力を貸してくれたんだ。あんたはもともとお尋ね者かもしれないが、それでも俺たちの味方をすれば立場はより悪くなる。それがわからないわけじゃないだろう」

 

  ずっと聞きたかったことを、シンはようやくスティンキーに尋ねた。ヒヨとトッドを連れての逃走劇は息つく間もなく、ここまでそれを聞く機会はなかったのだ。

  ふむ、と少し考えるようなポーズをして、スティンキーは答えた。

 

「二人きりのがよかった?  愛の逃避行的に」

 

「ぬかせ、まじめに答えろ」

 

「はいはい……ったく、冗談通じないねえ。じゃ、あんたさ、自分は正義の味方だと思う?  それとも悪だと思う?」

 

「……さあ、どうだろうな。正直、今の俺にはわからない。なにが正しいのか。悪なのか」

 

「わーお、つまんない回答だこと。じゃ答え。正解はどちらでもあるし、どちらでもない、だね。ヒヨやトッドから見ればあんたは正義の味方で、ウラシオンからしたら悪だ。逆もまた然り」

 

「……なるほど」

 

  そう言われて、確かにとシンは納得できた。ウラシオンはウラシオンの正義を貫き、シンはシンの正義を貫いたまでにすぎない。

  だが、それではスティンキーがこちらに与する理由がわからない。

  そう思っていると、スティンキーは言葉を続ける。

 

「でだ、じゃーなんであんたたちの味方をしたかってーと。それはあんたたちが善で、ウラシオンが悪だと思ったからさ」

 

「……なに、どういう意味だ?」

 

  スティンキーの言葉が理解できず、思わず聞き返す。両者が正義であり、悪であると告げたばかりのはずだ。

  だというのに、こちらが善?

 

「善と正義は違うのさあ。善ってのはもっと簡単だ。人に優しくする、困ってる人は助ける、誰かと仲良くする、これが善ってやつだ。わかるかい?  これに従うなら罪なき人を虐殺したウラシオンは悪で、あんたは善」

 

  正義とは、ある種の概念的なものだ。例えるならば悪人であっても、それを掲げることはできる。かつてのドイツにおいて行われたホロコースト、これをヒトラーは正義の行いであるとして実行した。だが、もしもそこに正義があったとしても、それは決して善ではないのだ。

  虐殺に正義を見出すことはできても、善を見出すことは絶対にありえない。

  スティンキーの主張はつまり、そういうことであった。

 

「んで、あたしは正義にゃ興味ない。盗賊だからね。そんで、善人のほうが好みだからあんたたちの味方、ってわけよ」

 

「な……それだけでか?」

 

「それだけさ、まぁ盗賊は盗賊でも義賊のつもりなんでねぇ。正義の味方にゃ興味ないが、子供を見捨てる気はないよ」

 

  スティンキーは当たり前のように言い、シンはその当たり前を理解できなかった。

 皇帝陛下こそが、唯一絶対の正義である。

 ウラシオンの民の基本的な思考はこれだ。ゆえに人々は、正義とは、善とは、悪とは、それらがどう違うのか、自分たちはどれなのか、深く考えることをまずしない。

  数少ないそれに悩まされたのがシンであり、ゆえに今こうなっている。

  だが、身近にそういったことを考える人物が少なかったシンにとって、スティンキーの言葉は新鮮なものであった。

 

「あとは、ほら。あたしは多数派に属してるから自分たちは正しいみたいに思ってるやつらが嫌いでね」

 

「なるほど、あんたらしいな」

 

「んで、なんだかあんたたちみたいな少数派をついつい応援したくなっちまうのさあ」

 

「ふっ、なんだそれは。アンダードック効果ってやつか。だが、俺は負け犬になるつもりはないぞ」

 

「そりゃあ、あたしも同じだよ」

 

  そう言ってスティンキーが肩をすくめると、シンもわずかに笑みを見せた。

 

 

 

  シンと子供達の部屋を後にして、スティンキーはふう、と一つ息をついた。

  かなりの重責に押し潰されそうになっていたシンに見えたが、少しは表情の険がとれたか。

  シンの『信念』を貫く強さは相当なものだが、なにも感じないということはあるまい。ましてや彼は第一騎士団団長、ある意味最もビッグブラザーに近く、彼を尊敬していたはずなのだ。それが今では反逆者、思うところはあるだろう。

 

(しかし、ねえ……)

 

  先の語らいで、多少は精神的に良い方向へ向かったように見える。だが、これは本質的な解決にはなっていないとスティンキーはわかっていた。

  というのも、そもそもシンを最も悩ませていることは、正義だとか悪だとか、そういう高尚ななにかではないのだ

  その原因、スティンキーはわかってはいるのだが、

 

(こればっかりはねえ……あたしにはどうしようもない)

 

  人にはできることとできないことがある。シンの悩みを完全に取り除くことは、残念ながらスティンキーにはできないことであった。

 

「あ、スティンキーさん」

 

  そうしていると、そのシンの悩みのそのものと言っても良い人物が声をかけてきた。

 

「エリカか。体調は大丈夫かい」

 

  エリカ、第一騎士団団長シンの妻であり、反逆者のひとりがそこにいた。

 

 

 

 

φφφ

 

 

 

たった一度の過去さえも、消せなくて。

 

 

 

φφφ

 

 

 

  ウラシオンを裏切ったシンに、エリカは文句を言うどころか迷わずついてきてくれた。

  シンの頭をいま最も悩ませているのは紛れもなくそのことだ。

  といっても、シンは別に、それを嬉しく思わないわけじゃない。

  むしろ本心では国よりも自分を選んでくれた彼女のことを心底愛おしく思ってさえいるくらいだ。

  けれど、だからこそ、これで良いのかと自問する。自分という存在が、彼女を底のない泥沼に引きずり込んでいるのではないだろうかと。

  彼女にはもっと幸せで、暖かな陽だまりの中で過ごせる世界があるんじゃないかと、思わずにはいられない。

  彼女だってわかっているはずなんだ。こっちの道は行き止まりなんだと。その上で、きた。

  そう、はっきりいって、シンたちが上手いことウラシオンから逃げおおせられる確率は限りなく低いものだった。

  だからきっと、本当にどうしようもなくなって、どうにもならなくなって、それでもきっと彼女は一緒にいてくれるのだろう。

  一緒に、死んでくれる。

  おそらく、そのつもりで彼女はついてきた。

  そんな彼女のことが、たまらなく愛おしく。

 

  同時にそれを嬉しいと思う自分の浅ましさに吐き気がこみ上げてきた。

 

「……夜か」

 

  そうこうしていると、気づけば日はすっかり落ちていた。いろいろあって疲れているだろうヒヨとトッドはまだぐっすり寝ているようだ。

 

「俺はどうすればいい?」

 

  シンは自問する。

  二人を助けたことに後悔はない。だが本当にこれで良かったのか。

  わからない。

  答えは出ない。

  過去には戻れない。

 

「シン、ちょっといい?」

 

  がちゃり、とドアが開いた。

  部屋に入ってきたのは、赤い装束に身を包んだ女性。シンの最も大切な人。

 

「エリカ、どうかしたか?」

 

「この場所ももう危ないってスティンキーさんが。もうここを発つから準備しといてって」

 

  エリカの言葉で、シンは腰を上げる。どうやらここももう帝国側にバレたらしい。帝国側の追っ手は異様にしつこい。たかだか撃ち漏らした子供二人と反逆者数名を追うにしてはかなりの力の入れようだ。

  竜人族の掃討はビッグブラザー直々の命令だったのだ。やはり、なんの意味もないものではなかったらしい。詳細はわからないが、やはりウラシオンの繁栄のためにそれなりに重要な命令だったのだろう。

  だが、それでも。

  シンは目の前で眠る二人を見る。

  彼らの未来を奪う権利が、いったい誰にあるという。子供の未来を喰い物にして得た繁栄など、あまりにも恥知らずではないか。

  シンはただ、二人に笑顔でいてほしい。ここが、二人が笑顔で生きられる世界だったなら、どんなに。

 

  そっと、背中から抱き寄せられた。

 

  今はいつもの鎧を着込まず、普段着のままでいたシンは、彼女の温もりを背中で感じる。

 

「心配しないで、シン」

 

  シンは答えない。なにかを言いたそうにして、少しだけ表情を歪め、答えない。

 

  「私はずっとそばにいる。あなたのそばに、ここにいるから」

 

  二人は愛し合っていた。お互いのためになら世界中全てを敵に回したっていいと本気で思えるくらいには。

 

  エリカは決意していた。

  何もかもが敵に回っても、自分だけはシンの味方であると。

  エリカにとってシンは特別で、唯一で。

  だから彼一人のために世界にだって喧嘩を売ると決めていた。

 

  シンは迷っていた。

  信念に背かず、正しい選択をすべきと思っていた。

  だけど、エリカは守ると誓ったただ一人の伴侶で。誰よりも幸せになって欲しくて。

  そんな彼女を先の見えない道に引き込んだ自分が許せなかった。

 

  すまない、エリカ。

 

  喉まで出かかった言葉を、どうにか飲み込んだ。これを言うのは、彼女への侮辱だ。

  わかってはいたけれど。それでも、もしもを考えずに入られなかった。竜人族を完全に見捨てていたら、ではない。それはシンにとってもしもでもありえない。

  では?  もしもとは?

  そう、例えば、

 

  自分とエリカが結ばれてさえいなければ、とか。

 

 

 

 

φφφ

 

 

 

  そこに、ひとりの少女がいた。

  その、誰が見ても可憐だと評するだろう黒髪の少女は、彼女以外に誰もいないその場所で笑うように喉を震わせる。

 

「Humpty Dumpty sat on a wall♪」

 

  歌い始めると同時に、学生服を身に纏うその少女は、くるくるとその場で廻り始めた。

 

「Humpty Dumpty had a great fall♪」

 

  くるくると、くるくると、回って周って廻ってマワる。長い長い黒髪は遠心力に振り回され、蛇のような螺旋を描く。

  幸い、あたりに障害物のようなものはない。

  というより、そもそもここにはモノと呼べるものはなに一つなかった。

 

「All the king's horses and all the king's men♪」

 

  少女はただただ、嬉しそうにけれど、まるで泣いているかのように歌い上げる。

  この場所はいったいどこなのか、と問われたならば、それには『ここではないどこか』というほかない。

  ここはどこにでもあって、けれど世界のどこにもない場所。

  例えるなら、そう。

 

「Couldn't put Humpty together again♪」

 

  蜃気楼、のような。

  そうして、最後の節まで美しくソプラノで歌い上げ、そこでようやく少女は回るのをやめる。

  そして、おもむろに振り返って言った。

 

「ああ……いたんだ」

 

  彼女ひとりだけだったこの世界に、気づけばもうひとりそこにいた。

  それは(学生服姿の少女もそうだが)この殺風景な何もない世界にはとてもそぐわない格好の女性で。

  白無垢、花嫁姿、ウェディングドレス。一般にそう呼ばれる衣服を着た女性がそこにいた。

  その女性は、服だけでなく、髪も肌も、白を通り越して、まるで触れれば消えてしまう灰色で、瞳は渺茫たる虚ろを湛えている。

  儚い。という言葉をそのまま人間にしたかのような姿をしていた。

 

ハンプティ・ダンプティ、か。嫌な歌ね。私への皮肉かしら?」

 

「あはは。いやいや違うって。やだなー、怒んないでよ。全然そんなんじゃないし?  むしろこう、世界そのものへの皮肉、みたいな?」

 

「そう……」

 

  飄々とした調子で、学生服姿の少女は答える。それに対して、さして興味はないというように、白無垢の女性は視線を横にやった。

  無論、先も述べたがここには何もない。ゆえに視線の先にあるのは虚空だけだ。

  しかし、学生服姿の少女も同じ方向へ視線を向けると、いったいなにがみえたのだろうか、おおっ、とわざとらしく驚いてみせた。

 

「こりゃ大変だ!  まったくタオシンはいつも戦争虐殺暴走で血なまぐさくていけないなあ!  

  グランギニョルとまでは言わなくても、こりゃお子様にはみせられないね!  ね、ジル?」

 

  おおげさに、身振り手振りで、そう叫んで。

  学生服姿の少女は、もう一度花嫁姿の女性のほうへ視線を戻すーーーーけれど、もうそこに女性の姿はどこにもなかった。

  こてん、と首をかしげ、再び一人になった世界で一人呟く。

 

「……ありゃ?  どこいっちゃったのやら。てか、私たち追われてる身なんだからもうちょっとさー」

 

  はあ、とため息をついて。

  次の瞬間には、少女もそこから消えていた。

 

 

 

 

  紛れ込んだのは一つの砂つぶのようなもの。けれど、それは破壊的に、この物語を終わらせる。

  それだけはさせない。

  そのためだけに×××は××××××××を捨てた。

 

  救いはいらない。